犬と猫のブログ

我が家の犬・猫の紹介

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ご挨拶

新装開店のお知らせ !


 長い間、空き家だったそうですが、管理人(ノリ)さんのご好意により今回、われわれ、犬・猫が、このブログを占有させていただくことになりました。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 管理人さんも、閑人のくせに、われわれだけに構ってはいられないとのことで、毎日、登場するわけにはいきそうもありませんが、懲りずにごらんいただけると、われわれとしても、喜ばしい限りです。

 なお、われわれ一族の写真集が以下のところにあるそうです。今は亡き諸先輩の遺影など、ついでにごらんください。
猫たちの写真集
犬たちの写真集

 これから先、この犬・猫一族が、順次、自己紹介などさせていただく予定でおります。


2006年12月01日

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「プン」です。よろしく。

子供時代のわたし 先輩たちが、みんな亡くなってしまった今、わたしが、「おかあさん」の家の最古参になってしまい、「プロフィール」にも、出してもらいましたので、トップバッターで、自己紹介させてもらいます。
 とはいうものの、人間さま流の年の数え方をしたとしても、やっと30代に入ったばかりのいい女です。
 わたしは、4年前の7月の終わり頃、前の飼い主に捨てられていたのだそうです。まだ、乳離れもしていない幼い頃のことで、そのころのことは、全く記憶にありません。亡くなった母親「フォイ」と一緒だったそうです。
チャムトーン時代のわたし
 その頃のことを、「おかあさん」がいうのには、母親「フォイ」は、もとの家にしきりと帰りたがっていたようすだったそうですが、乳飲み子を抱えて、それはかなわないと知って、今のお母さんのところで我慢することにしたのだそうです。 
今の「おかあさん」が、母親には「フォイ(ฝ้อย)」、わたしには「プン(ผึ้ง)」と名前をつけてくれたのだそうです。いつもは、「イ・フォイ」とか「イ・プン」と呼ばれていました。
亡くなった母親・フォイ 「フォイ」というのは、北タイの言葉ですが、「ぼろきれ」というような意味の愛称(?)らしいです。母親の毛の色や模様が、「ぼろきれ」を連想させたのだと思います。
 「おかあさん」にお世話になるようになってから生まれた、すぐ下の妹も、母親と同じような外見ですが、立ち居振る舞いだけでなく、外見もどことなく品があるからと、「貴族のご夫人」という意味の「ヌン・ニン」という名前をもらっていました。母親とは、ずいぶん格のちがう名前でした。
妹のヌン・ニン わたしの名前の「プン」は、「ミツバチ」という意味ですが、毛色がなんとなんとなく「はちみつ色」だかららしいです。このあたりでは、チャ系統の「トラ」のメスに、よくつけられる名前のようで、ごくふつうの名前らしいです。

 母親は、今までの呼ばれ方とはちがう名前で呼ばれているのは、すぐに理解し、自分の名前をおぼえたそうです。子育ても上手で、ときには、孫の面倒までみていたようです。


 写真は、上から、「捨てられたばかりの頃のわたし」、「チャムトーン時代のわたし」、「ありし日の母親・フォイ」、「妹・ヌン・ニン」

 一方、わたしは、子猫のときから活発で、「男まさり」だったために、「プリオウ(酸っぱい)」な猫などといわれたこともありました。自慢ではありませんが、小さい時から、いつも元気だったので、「集団風邪」でみんなが苦しんだときも、軽くて済んでしまい、今までにお医者さんに見てもらったことは一度もありません。

 母親の「フォイ」は「多産系」で、亡くなるまでに「ひ孫」まで出来ましたが、わたしは「不妊症」らしく、一度も妊娠したことがありません。そんなわけで、ざんねんですが、わたしには子供がありません。その代わり、「おかあさん」の家に越してくるまで、「チャムトーン」では、「用心棒」役をつとめ、どこかの犬が侵入してきたり、よそのオス猫がやってきたりすると、勇気をふりしぼって追いはらったりしていました。母親や兄弟姉妹たち、甥・姪たちを守るためなら、怖いもの知らずです。

 チャムトーンでは、姪の「イ・ノイ」が大きくなってからは、彼女と一緒にいることが多かったのですが、彼女はあちこち出歩くのが好きで、行方不明になっては、と心配した「おかあさん」が、今の家の方に引っ越させることを決断し、今年になってからいっしょに越してきました。

 越してきたときには、家には「シン」というオスの「ボス」猫がいたため、わたしの出番はなくなってしまいましたが、「シン」も9月に亡くなって、まだ若い(?)のに、最長老ということになってしまいました。
 前のように、また、頑張らないといけないのかも知れませが、チャムトーンとはちがって、ここには、犬やよその猫はやってきませんので、気は楽です。

 ただ部屋の中だけの生活というのでは、飽きてしまいますが、「おかあさん」の発案で、ベランダに柵をこしらえて、日光浴や、少しなら運動も出来るようになったので助かります。
 ただ、わたしは、一人っ子で育てられたせいもあるのでしょうが、誰とでも遊ぶなどということは好きではありません。人間と一緒にいるほうが、気が休まります。たまに、「イ・ノイ」と遊ぶくらいのもので、最近は、ちょっと太りすぎかなと思ったりしていて、少し運動不足かもしれませんが、時々ひとりで、15mダッシュを何回かやってます。
 何も「芸」など特技はありませんが、母親の分まで、長生きしたいと思っております。

プンの近影

 これからも、どうぞよろしく。



 「おとうさん」の感想など

 もとの飼い主、何らかの事情があって飼えなくなったのだろうが、「フォイ」は、チャムトーンに来てから、「ひよこ」狩りが得意で、捨てられた理由もそのせいだったのかも知れない。
 その頃、チャムトーンには何匹も猫がいたため、5匹飼うのも、10匹飼うのも同じと思って、おいていったのだろうが、はた迷惑なことである。

 猫の不妊症(マンという)があるなんて、「プン」のケースではじめて知った。不妊症のせいか、「プン」は、このあたりの猫としてはめずらしい短胴型で、若いときから太り気味の猫である。

 きかん気で、非常に頑固なところがあるとはいうものの、人間嫌いではない。
 食事は、いつも、2,3m離れたところでじっと待っていて、先を争うことなどまったくないため、最後になることが多い。食べるのも、奥ゆかしさが感じられるほど、ゆっくりである。貴婦人然としているところが、とても魅力的である。
 また、今でも、メス猫に色目を使うオス(避妊済みなのに)は、大嫌いで、弟にあたる「ペット」には、絶えずにらみをきかせていて、ときには「お仕置き」をすることもある。
 そんな時、かみさんに叱られるのは、いつもきまって「プン」で、少々気の毒な気もする。

 子猫のときから、娘のケイがかわいがってきたため、ほんとうは、娘に甘えたいらしいのだが、このところ、娘の関心は、人間の男に変わってしまい、邪険にされたりしてすねることもある。


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わしが、「シコ」 だ。

siko01 おひかえなすって。手前、
この家の「ボス」犬、「シコ」でござる。以後、お見知りおきを。
 と、偉そうなこと言ってみても、よる年波には勝てないもので、このところ、少々気が弱くなりまして・・・。

 わしは、今を去る、10年ほど前に、乳離れがやっと済んだころ、「タン」兄いに、もらわれてきたものでして・・。
 なんでも、母親は、隣りの「パパオ村」に嫁に行った姉さまのところに世話になっていたものだそうで・・・。
 「野豚(ムー・パー)」狩りが得意な「タン」兄いのお供にと養子に出されたのだそうだ。

 「シコ」という名前の由来だが、海外でも活躍していた、有名なタイのサッカーの選手からもらった名だそうだ。
 もっとも、その選手も、世界的に有名な「ジーコ」とかいう名選手の名前をもらったものだそうだから、ややこしい限りだ。
 このあたりの連中は、「おやじさん」たち日本人とちがって、「Z」の発音ができないため、「ジーコ」が、「シーコ」になり、「シコ」となったものらしい。
 なんでも、もらわれてきたばかりの子犬のころ、ボール遊びが得意だったらしいので、「タン」兄いがつけてくれた名前だそうだ。

 この家にやってきて、1年ほどが過ぎたころ、いよいよ、「タン」兄いのお供で、「野豚狩り」に連れて行ってもらうことになった。
 ずいぶん久しぶりの野山で、もっとも、越してくる前のことは、忘れてしまっていたのだが、嬉しくて嬉しくて。
 「タン」兄いというのは、なんていい奴なんだと思っていたものだ。

 バイクのハンドルに前足をかけて、サドルの前に乗せられた。
 少々怖かったが、無事目的の山の近くについた。
とはいうものの、まわりは、全く、初めての光景ばかりで、なんとなく薄気味が悪くて、「タン」兄いのうしろについて歩いてばかり。
 これでは、いくら鼻がきくとはいえ、役立たずで、「タン」兄いも、がっかりだったらしい。

 それから、1ヶ月後ほどあとに、2、3回、同じ場所あたりに出かけたのだが、いくらかは前よりましになったらしい。
 「豚」の臭いは、あちこちに感じられるのだが、結局「野豚」には、出会えなかった。

 4回目だったか、5回目だったか、よく覚えていないのだが、とうとう「野豚」に出くわした。小さな谷の奥まったあたりで、なにやらガサガサ音がする。あたり一面、「豚」の匂いが立ち込めている。
 近くにいるぞっと、駆け足で音のするほうの茂みの中へ、まっしぐら。
 出たー!、と思った瞬間に、鉢合わせ。
こちらに向かって体当たりしてきやがった。情けないことに、体力負けで、転がったところを、奴は咬みつきやがった。
 すぐに、「タン」兄いのいる方へ逃げ帰った。
たぶん、イテテテーっと叫んだように思う。
 奴は、そのままどこかへ姿をくらましてしまい、結局、その日も「タン」兄いは、獲物を手にすることは出来なかった。
 医者に見てもらうほどではなかったが、傷が痛んで、当分は、お供をする気にならなかった。
 ほとぼりが冷めたころ、また、「タン」兄いから声がかかったが、あのときのことが頭にあって、とてもその気にはなれなかった。
 「この意気地なしが・・」という「タン」兄いの声が聞こえたような気がして、しぶしぶバイクに乗った。
 いつものところまで行くと、足がすくんで、バイクのそばを離れることが出来ない。自分でも、意気地なしだとは思ったが、なにしろ、足が、いうことをきかない。
 「タン」兄いは、仕方なしに、一人であたりをうろついていたが、じきに戻ってきて、家に帰ることになった。

 家に戻ると、「タン」兄いは、誰かに、「こいつは使い物にならねえや」と愚痴をこぼしているようだった。
 それ以来、「野豚狩り」に声はかからなくなってしまった。
初めて出会った、あんちきしょうに、油断していたのがいけなかったんだと、いまでも後悔している。

 そのころ、この家の「ボス」を、「軍隊上がり」の「ジャンボ」おじがつとめていた。
 軍隊上がりといっても、わしと同じように、子犬のときに、この家に来たわけで、肩書きなどあるわけがないが、それでも、でかい身体で貫禄があった。
 「おかみさん」の弟が、兵役中に、ドイトゥンの上官の家で生まれた子犬を、頂戴してきたものらしい。というよりかは、上官に押し付けられたものにちがいない。

siko02 そろそろ、「ボス」の代替わりをと、ときたま催促してみたが、とても歯が立たなかった。
「ジャンボ」おじきは、やっぱり、軍隊で、訓練してきたのではないかとさえ思われることもたびたびだった。

 しかたなしに、「腰ぎんちゃく」で我慢していた。

(この続きは、コチラ でどうぞ )

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わしが、「シコ」 だ。 (続き)

 どうも、お待たせ。続きですゾ。

代替わりを狙っていたとはいえ、すっかり諦めていたころ、先代は、「フィラリア」とかいう奇妙なものに取り付かれて、だんだん弱ってきた様子で、「ボス」の指定席から、あまり動き回らなくなってしまったんだ。

siko03 そのうち、容態もすっかり悪くなって、2,3回医者にも診てもらったが、腹水がたまり、手の施しようがないということで、医者にも見離され、3年前にあの世へ行ってしまったんだ。
 そのあと、すんなり、わしのところに「ボス」の座が回ってきたわけじゃない。わしらの世界には、『禅譲』というのはあるわけじゃなく、これでも、ちょっとした、実力勝負の世界なんだ。

 最大のライバルは、「ボップ」って野郎で、わしよりほんの少しあとに、この家にやってきた奴なんだが、体が小さいくせに、なかなかうるさく、「こそ泥」みたいな、せこいところがあって、油断ならない奴だった。少々痛い思いもしたが、結局は、わしが後釜に座ることができたんだ。

siko04 修行が足りん、「ボス」になったら「ボス」らしくせいと、小言を言われることもあったが、この3年間、自慢じゃないが、たいした粗相もなくやってこれたんだから、大目に見てもらわんことには。

 ここ(左の写真)が親分の指定席、やっと、わしもここに座れるようになったんだ。



 わしには、跡取りがいたのだが・・・。

1回目は、相手が悪くて、「キン」という奴だが、洋犬混じりの雑種らしいんだが、上手に産むことが出来なくて、奴まで、死にそこなって大手術。医学の進歩のお蔭とやらで、今でも元気にしているが、あれ以来、奴はもう、はらむことが出来なくなったようだ。

 2回目は、「ミ」という白いやせ犬だったが、こいつは、うまく産んでくれた。息子と娘が、それぞれ2匹づつできた。奴は、子育ても上手で、これで、跡継ぎも出来安心していたのだが、残念なことに、この夏、息子が相次いで、逝っちゃった。

 そんなこんなで、元気をなくしていたところだったが、娘の「モット」が大人になり、子を産めるようになったんで、その気になっていたら、ライバルが、2,3匹出現し、懲らしめてやろうとしたが、よる年波には勝てず、右足に食いつかれて、大怪我をしてしまったんだ。

 半月近く、ビッコを引いていたが、どうやらやっと傷口も治り始めたようでほっとしている。
 もちろん、死んだって、まだ、この座を明け渡すわけには行かない。
いや、死んでしまえば、あとのことは、知らんがね。
 まだ、当分は、頑張りますんで、よろしくお見知りおき下され。

siko05


 【おやじさんの感想など】

 最近のタイのサッカー事情に暗かったことなどから、「シコ」の名の由来がわからず、ちょっとばかりバカにされてしまいました。
 元鹿島アントラーズの監督の「ジーコ」が、世界的な名選手だったことを、再認識させられました。

 ともあれ、我が家の「シコ」は、写真でもお分かりのように、耳がたいへん小さく、体形などからも野生の犬(じつは狼の一種)の血を引いているらしいということを、最近になって知りました。

 北タイの山野には、数十年前まで、「狼(マー・パー)」が住んでいたそうです。もっとも、驚くには値しないのですが・・・。何しろ、7,80年前までは、このメチャン・チェンセンの湿地帯には「トラ」が住んでいて、ランプーン県あたりから移住してきたばかりの農民を悩ませたものだそうです。「虎の子」の「水牛」を「トラ」にやられたことなどもあったということです。

 そんな「シコ」ですが、どちらかというと、おとなしく臆病な性格の犬で、実際のところ、我が家の大群に君臨するのには、似つかわしくないタイプの犬のようです。
 先代「ジャンボ」と比べても、群れの中の争いを処理する能力は全くないようで、常に「高みの見物」と言った感じがします。
 そればかりか、どうかした弾みには、小生に子犬のように甘えたり、「ボス」らしくない行動をとることもあります。
 「シコ」が、立派な「ボス」になれない理由のひとつは、我が家の犬の社会に君臨する人間が強すぎることもあるようです。大人にも子供にも頭の上がらない我が家の「ボス」は、仲間から軽く見られているのかもしれません。我が家の「ボス犬」には、気の毒な気もしないではありません。
 現在、去勢していないオス犬は、「シコ」のほか、同じく老犬の「ボップ」、「オカマ」の気がある「ボビー」、新入りの「ケン」の4匹ですが、ときには、これらの犬の間で、覇権争いもあるようです。
 それでも、「シコ」は、必死で「ボス」の座は維持しているように思われますが、老いぼれのジャーマン・シェパードがやってきてからは、どうやら、ボスの座を半分以上明け渡してしまったかのようで、急に老け込んでしまいました。

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