犬と猫のブログ

我が家の犬・猫の紹介

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追悼にかえて

 このブログで、皆様に、自己紹介をご披露するのも間に合わず、私の一番下の妹で、もっとも新しい仲間だった「イ・トイ」が、3月14日に、亡くなってしまいました。
 まだ、2才半になったばかりで、人間でいえば20代の半ばを過ぎたばかりでした。
 「おとうさん」に、「イ・トイ」の追悼をこめて、思い出など紹介してもらうことにしました。
 
 
「イ・トイ」は、2004年の8月か9月頃に、「フォイ」の最後の子として、チャムトーンで生まれた。そのころ、パソコンの故障中で、過去の日記に残されていないため、正確な生年月日は覚えていない。
「フォイ」は、「プン」の自己紹介の中にもあるように、その子「プン」と一緒に、チャムトーンの養魚池の小屋に置き去りにされているのを見つけたのが最初の出会いである。当時は、今のように柵や門もなく、いつでもだれでも出入りできた。2002年の夏のことである。
「イ・トイ」は、「イ・ティン」とともに、「フォイ」の最後の子供で、「プン」にとっては、末の妹に当たる。 

 日ごろ自由気ままに生活しているチャムトーンの猫たちは、われわれにさえ抱かれるのは好まない猫がほとんどである。人間が恋しく、人間に育てられるのは仕方ないことだとわりきっているのだが、不即不離というか、近づいてきて甘えたりはすることはあっても、抱き上げられるのは嫌いのようである。


       (2004年12月8日撮影)
 「イ・トイ」もそんなふつうの猫としてチャムトーンで成長した。
 こんな写真を見ていると、意気地のないことに、泣けてきてしまいます。

同腹の姉妹・「イ・トイ(左)」と「イ・ティン(右)」(2005年11月撮影)

 「イ・ティン」が、昨年(2006年)、3月の初め頃に、初めての子猫を産んだ。
 初めての母猫というのは、経験がないため、なにかと失敗ばかりで、6匹のうち2匹は、生後間もなく死んでしまった。
 同じ頃、「イ・トイ」も、初めての出産をしたようすだったが、われわれは「イ・トイ」の子猫を見ることはできなかった。どこで産んだのかもわからなかった。
 自分の産んだ子猫を、呼び寄せようとするのか、悲しそうに泣きながらあちこちうろうろする「イ・トイ」の姿が、今も目にやきついてはなれない。こんなときの母猫は、見て入られないほど切ないものである。半狂乱といっても言い過ぎではない。全部死産だったのか、それとも、何らかの理由で、子猫をなくしてしまったのかはわかないが、結局、それきりになってしまった。不幸なことは忘れようとしたのだろう。1週間ほどで、いつもの「イ・トイ」に戻っていた。

 そんことがあって、何日かが過ぎた頃、「イ・ティン」が子猫を、外に連れ出すようになり、「イ・トイ」は、それを見て、自分の産んだ子猫のことを思い出したのだろうか、「イ・ティン」親子に付きまとうようになった。「イ・ティン」親子が、ねぐらに入ると、わずか1mほどしか離れていないところにじっと座って、羨ましいそうに見つめていた。
 " 私にも、子育てさせてちょうだい "とでも言わんばかり。いや、実際に、何回も、懇願したのかもしれない。
 はじめのうちは迷惑がっていた「イ・ティン」も、1週間ほどそんなことを続けているうちに、とうとう、一緒に、共同で子育てをすることにしたようだ。
 それからは、乳の出る「イ・トイ」は、自分の乳を飲ませるなど、実の親以上に献身的に子育てに励んだ。いつの間にか、子猫たちは、「イ・トイ」の子のようになってしまい、外を出歩くときにも、「イ・トイ」のあとをついて歩いた。「イ・ティン」の子ではなく、「イ・トイ」の子のようだった。
 猫の世界では、先に生まれて、まだ母親から独立していない子猫が、母親と一緒に子育てをするということは聞いたことがあるが、「イ・ティン」と「イ・トイ」のようなケースは聞いたことがなかった。
 これがきっかけだったのか、このころから「イ・ティン」は、自分の産んだ子猫の面倒は見なくなってしまい、次なる子作りのため、出歩き留守にすることが多くなった。

 「イ・トイ」の育てた子猫4匹は、「ティンリー(雄)」、「ティンロー(のちにファー・雌)」、「リュウ(雄)」、「トラ(雄)」と名づけられが、「トラ」の思わぬ事故のため、「リュウ」と「トラ」は、子猫時代に、家の方に越してきた。
 「ティンリー」も「ファー」も、大きくなった7月頃、「イ・ティン」は、2回目の出産をした。
 このころから、また子猫を取られてしまうのではと思ったのか、「イティン」は、「イ・トイ」を追い払うようになり、チャムトーンの小屋には、「イ・トイ」の居場所はなくなってしまった。
 どこで毎日を過ごしていたのかはわからないが、最初のうちは、食事の時間には、どこかからやってきて食事が済むとすぐに姿をくらましていた。
 2日に1回、3日に1回、1週間に1回といった具合に、だんだん現れる頻度が減り、とうとう、2ヶ月近くほど姿を見ることがなかった。
 今までの猫にもよくあったことなので、どこかで野垂れ死にしたにちがいないと、あきらめていたところ、ある日ひょっこり姿を現し、以後は、1週間に1回くらいは出てくるようになった。

 そんな姿を見ていて、あまりに可哀想で、かみさんの提案で、家につれて帰ることにした。今年(2007年)の1月中ごろのことである。
 臆病で、人間があまり好きではないように見えた「イ・トイ」からは想像もできなかったことだが、「イ・トイ」は、普通のありふれた猫ではないことに気がつかされた。われわれ夫婦との折り合いもよく、人間相手にだけ話しかけてきた。

 猫のなき声にしては、やや低音で、あれこれ言っているのだが、「イ・トイ」の猫語は半分ほども理解できなかった。今までに、「イ・トイ」ほど、人間に話しかける猫はいなかった。

 かみさんには、よく甘えて、毎晩、添い寝をしていた。
 寒い時期のことだったが、寒さには慣れているためか、ほかの猫たちのように、布団の中にもぐりこむことはなかった。枕もとの掛け布団の上で、時には、かみさんの首に巻きつくようにして眠っていることもあったが、かみさんは、寝苦しさのため、夢うつつに払いのけられたりしても、そばを離れることはなかった。

 人間に頼りきっていた「イ・トイ」は、ほかの猫たちとの折り合いは悪かった。ほかの猫たちとも、早く慣れてくれないと困るなと、ずっと心配していた。子猫なら、1ヶ月位すれば、なかまに入れてもらえるののだが、「イ・トイ」は、最後の最後まで、ほかの猫たちと打ち解けることはなかった。
 われわれがそばにいないときなどには、ベランダの手すりの上で、チャムトーンの方角をながめて、じっと長いこと座り込んでいたりすることもあり、戻してやろうかと迷ったこともあったが、チャムトーンが「イ・トイ」にとって住み心地のいい場所ではないことはわかっていたので、決心がつかなかった。
 今にして思えば、あの時、帰してやっていれば、死なさずにすんだかもしれないと、少々後悔しているが、あとの祭りである。

 実は、「イ・トイ」の命取りとなった病気は、電子顕微鏡で見ると、太陽のコロナのような形をしているので、「コロナ・ウイルス」と名づけられた厄介なウイルスが原因の「ネコ伝染性腹膜炎(FIP)」という病気らしい。「シン」の命を奪っていったのも、同じコロナ・ウイルスのようだが、田舎のおっさん、おばさんに病名など教えたところでどうにもならないということか、獣医は病名など詳しいことは何も話してくれなかった。こんなときは、たいてい難しい病気で、助かる可能性はあまりないようである。
 気の優しい「サンタット獣医(男性)」は、よほどのことがない限り、助かる確率が低いなどということは、決して言わない。
 獣医からのインフォームド・コンセプトはなかったものの、インターネットや『猫の飼い方の本』などで調べたところ、このウイルスが原因に間違いなさそうである。

 「コロナ・ウイルス」というのは、極くふつうに見られるウイルスらしいが、宿主の生活環境が急に変わったりなど、大きなストレスが持続すると、「突然変異」を起こして腹膜炎などの重病を発症させるらしい。現在のところ、ワクチンもウイルス退治の薬もないのだそうで、対処療法でインターフェロンなどが使われるくらいのものらしい。北タイの田舎の獣医は、インターフェロンなど持ち合わせてはいないし、その必要もないようである。人間さまの病気でさえ、最近になってようやく、少しは使うようになったばかりで、北タイの命の値段からして、一般には高価すぎて滅多なことでは、つまり、患者の家族が金持ちで、その強い要望でもない限り、大病院でも使わないようである。
 この「コロナ・ウイルス」、普段は、宿主との折り合いもそこそこで、命まで奪うということはないらしいが、宿主の異常を察知すると、どうにでもなれという気持ちになるのか、狂気にはしって、自殺行為におよぶようである。
 突然変異を起こし狂った、このコロナ・ウイルスは、血液の流れにのって、あちこちの血管を破壊していき、破壊された血管の場所によって症状もさまざまらしい。矛をおさめず、狂い続けていくうちに、宿主は多臓器疾患におちいり、宿主ともども命を落とすことになるらしい。
 そこまでは行かず、危ない危ないと、わが身大切さに気づいた賢いウイルスの場合は、適当なところで悪さをしなくなり、宿主の容態も徐々に回復することになるのだそうだ。「ミン」のケースや、腹水がたまって、今にも危なかった「ミム」のケースなど、我が家の猫には、生き延びたものもいるようである。何回かの下痢で、かなり痩せはするが、何とか収まっているものもいる。多分、このウイルスが原因なのであろう。

 インフルエンザ・ウイルスのような、一度感染すると体内に抗体ができて、2度と同じウイルスには感染しないものと、エイズ・ウイルスなどのように、有効な抗体のできないウイルスとがあるらしいが、厄介なことにこのウイルスも、有効な抗体のできないものであるらしい。このウイルスに手加減してもらい助かったとしても、このウイルスは体内のどこかにひっそりとひそんでいて、いつまた発症するかわからない厄介なウイルスだそうである。

 「シン」の場合は、老齢ということもあって、戦いに敗れ、「イ・トイ」の場合は、ほかの猫とは比較にならないほどのストレスが、命取りになったようである。
 のんびり型の猫だったら、死亡するほどの重症にはならなかったと思うが、やはり、「イ・トイ」は、普通の猫ではなかった。大人になってからの生活環境の激変もあったにせよ、我が家の猫族の中でも、ひときわデリケートな性格だったようである。
 水と「グルコース」だけで、半月近くも生きながらえた。信じられないほどの生命力で、これだけで、十分奇跡的なことだったが、飼い主としては、勝手なもので、毎日毎日、逆転サヨナラ満塁ホームランを期待していた。われわれ夫婦は、この間ずっと地獄の責め苦にさいなまれていた。それも、逝ってしまった今では、引き戻すことはできないとわかってしまえば、気持ちはずいぶん楽になる。
 「イ・トイ」にとっても、われわれにとっても苦痛の時間は終わり、”それにしても、お互いよくがんばったね”と言い聞かせてやりたい。無駄なこととは承知の上のことだが・・・。

 「イ・トイ」の異変に気がついたのは、3月の初旬で、その後の看病などについては、勝手ながら、当時の日記をご覧いただけると有難いです。
 年中、こんなストレスをうけながら、また、老化が進んでしまい、あちらの世界への道のりも、そう遠くはなくなってしまったような気がしている。

写真は、死ぬ5日前、3月9日に撮ったものです。


(追記) 
 インターネットなどで調べたところ、この病気は、犬や人間には感染しないということらしいが、自分の経験から判断するると、人間にも感染するようである。ただ、犬や人間の場合は、このウイルスにやりたい放題のことはさせることはなく、症状が重篤にはならないようではある。
 かみさんも小生も、なんとなく、猫の病気をもらってしまったようなときが、何回かあった。もしかすると、今現在も、このウイルスが体内でゴチャゴチャ何かしでかしているように思われるときがあるが、暑さだけが原因の体調ということではなさそうである。
                                   (2007年3月16日記す)
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訪問予定

鈴木 和紀様
初めてメールします、埼玉県に住んでいる木村と申します。今回お近くの、メーチャンに行くことになりましたので、差し支えなければ一度訪問させて貰えませんでしょうか、日時は三月二十六日の午後三時~四時頃または二十七日の同時刻頃、どちらかの日に都合がよろしいでしょうか、私の希望は二十六日が第一希望、二十七日が第二希望です、突然な勝手なお願いで恐縮ですがお返事いただけたら嬉しく思います。
私は親友の七回忌にメーチャンのバンマイにあるお寺に法要で行きます、バンマイには25日の夜から二十七日の夜まで滞在して、28日の朝チェンライ空港8時20分発バンコク向けになります。チェンライ訪問は六年ぶりに、なりますのでどのくらい発展したか楽しみです。吉報を、お待ちしています。

きむら こう〔木村興〕 | URL | 2007年03月18日(Sun)14:46 [EDIT]

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